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私たちの信仰

聖書はすべて神の霊感によるもので、教えと戒めと矯正と義の訓練とのために有益です。
― テモテへの手紙 第二 3章16節

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信仰告白 

 

聖書 

私たちは、旧約および新約の聖書六十六巻すべてが神のことばであり、完全逐語霊感によって記されたものであると信じます。聖書は完全に誤りのない、神の霊感によることばであるため、信仰と生活における絶対的な権威であり、基準です。旧約および新約の聖書六十六巻は、人類に与えられた神の完結した啓示です。みことばを解釈する正しい方法は、文法的、歴史的、及び字義的な意味をとることです。(ヨハネ 17:17; IIテモテ 3:16–17; IIペテロ 1:20–21; 黙示録 22:18–19)

 

私たちは、聖書が神の聖さのうちに保存されており、霊感された原典と同等の権威を持つと信じます。信頼できる聖書翻訳とは、旧約聖書はヘブル語のマソラ本文、新約聖書はギリシャ語の受容テキスト(ビザンチン多数本文)に基づいたものです。(詩篇 12:6–7; マタイ 24:35; Iペテロ 1:24–25)

神によって定められたディスペンセーション(時代区分)

私たちは、聖書を自然かつ字義通りに解釈するとき、神によって定められた時代の区分が明確に示されていると信じます。これらは各期間における人類の責任を規定するものです。これらの責任は救いの方法ではなく、人類に対する神の目的を管理する方法です。これらのディスペンセーションのうち、律法の時代、教会の時代、御国の時代の三つが聖書の中で具体的に展開されています。(創世記 1:28; IIコリント 3:9–18; ガラテヤ 3:13–25; エペソ 1:10; 3:2–10; コロサイ 1:24–25; 黙示録 20:2–6)

 

神 

私たちは、父、子、聖霊の三位において永遠に存在する唯一の神を信じます。これら三位は、本質、力、栄光において永遠に共存し、同等です。(申命記 6:4; マタイ 28:19; ヨハネ 14:10, 26; IIコリント 13:14)

 

キリストの位格と御業

私たちは、主イエス・キリストが永遠の神の御子であり、神であることをやめることなく人となり、聖霊によって宿り、処女から生まれたことを信じます。それは、神を現し、罪深い人間を贖うためでした。(イザヤ 7:14; 9:6; ルカ 1:35; ヨハネ 1:1–2, 14; IIコリント 5:19–21; ガラテヤ 4:4–5; ピリピ 2:5–8)

私たちは、主イエス・キリストが罪のない生涯を送り、罪人のための身代わりのいけにえとして自らを進んで捧げられたこと、そして死者の中からの肉体的な復活が私たちの義認を保証していることを信じます。(使徒 2:18–36; ローマ 3:24–25; IIコリント 5:21; エペソ 1:7; Iペテロ 1:3–5)

私たちは、主イエス・キリストが天に昇り、現在は神の右に高く上げられ、私たちの偉大な大祭司として、とりなし手、弁護者、および仲介者の役割を果たしておられることを信じます。(使徒 1:9; ローマ 8:34; ヘブル 7:25; 9:24; Iヨハネ 2:1–2)

 

聖霊の位格と御業 

私たちは、聖霊が罪、義、裁きについて世に認めさせ、信者を新生させ、その内に住み、贖いの日まで証印を押されることを信じます。(ヨハネ 16:8–11; ローマ 8:9; IIコリント 3:6; エペソ 1:13–14)

私たちは、聖霊が信者をあらゆる真理へと導き、従順を可能にする神なる教師であることを信じます。すべての信者は、御霊に満たされる特権と責任の両方を持っています。(ヨハネ 16:13; エペソ 1:17–18; 5:18; Iヨハネ 2:20, 27)

私たちは、神が奉仕のためにすべての信者に霊的な賜物を与えることを信じます。また、聖徒を整えるために伝道者、牧師、教師を任命されることを信じます。(ローマ 12:3–8; Iコリント 12:4–11, 28; エペソ 4:7–12)

私たちは、異言や癒やしなどの賜物が一時的であったと信じます。異言を話すことは、御霊のバプテスマや満たしの一般的なしるしではありませんでした。神は祈りに応えて癒やしてくださることもありますが、病気や死からの完全な解放は復活を待つことになります。(Iコリント 1:22; 13:8; 14:21–22)

 

人間の全き堕落 

私たちは、人間が神のかたちに創造されたものの、アダムの罪によって堕落し、それによって罪の性質を受け継ぎ、神から疎外された者となったことを信じます。人間は自らの努力によってこの状態を改善することは全く不可能です。(創世記 1:26–27; ローマ 3:22–23; 5:12; 6:23; エペソ 2:1–3; 4:17–19)

 

救い 

私たちは、救いが神の下さる賜物であり、私たちの罪のために十字架で尊い血を流されたイエス・キリストへの信仰による恵みによって与えられるものであると信じます。(ヨハネ 1:12; エペソ 2:8–9; Iペテロ 1:18–19)

私たちは、救いが、キリスト自身は罪を知らないにもかかわらず、私たちの罪を背負われた十字架での完成された御業のみによって可能になったことを信じます。(イザヤ 53:4–12; IIコリント 5:21; ヘブル 9:13–15; Iペテロ 2:24)

私たちは、救いがすべての人に開かれていることを信じます。(イザヤ 55:1; ヨハネ 3:16; ローマ 6:23; エペソ 2:8; Iテモテ 2:4; IIペテロ 3:9)

私たちは、人間の高慢と福音の拒絶以外に、救いを受け取ることを妨げるものはないと信じます。(ヨハネ 5:40; マタイ 23:37)

私たちは、救われるためには神の御霊によって新しく生まれなければならず、御霊の新生の働きが信者の心に喜びと理解をもたらすと信じます。(ヨハネ 3:3, 5; テトス 3:5; Iコリント 2:12; IIコリント 5:17)

私たちは、真の新生が信者の人生に霊的な実を結ばせると信じます。(マタイ 7:15–23; ガラテヤ 5:22; エペソ 2:10; ヤコブ 2:17–26; Iヨハネ 5:4–18)

私たちは、神への悔い改めとイエス・キリストへの信仰は不可分であり、御霊によって心のうちに働かされるものであると信じます。(マルコ 1:15; 使徒 20:21; ルカ 18:13; ローマ 10:9–13; ヘブル 4:14)

 

聖別 

私たちは、聖別が信者が神の性質にあずかる過程であることを信じます。それには地位的な側面と漸進的な側面の両方があります。地位的な聖別とは、神が贖われた罪人をキリストにおいて義とされた者として見なすことを意味します。漸進的な聖別とは、信者が救いの時に始まり、御霊、みことば、祈り、自己吟味、そして世からの分離を通じて成長していく聖さのことです。(Iテサロニケ 5:23; IIペテロ 1:4; エペソ 1:7; ヘブル 10:10, 14; ヨハネ 3:6; ローマ 8:5; エペソ 4:11–12, 30; ピリピ 2:12–13; テトス 2:12)

 

永遠の保障と確信 

私たちは、すべての贖われた者が神の力によって守られ、キリストにおいて永遠に安全であることを信じます。(ヨハネ 6:37–40; 10:27–30; ローマ 8:1, 38–39; Iコリント 1:4–8; Iペテロ 1:4–5)

私たちは、信者が不忠実さのために報酬を失うことはあっても、救いを失うことは決してないと信じます。(Iコリント 3:15)

 

私たちは、信者が聖書で教えられている救いの確信を享受する特権を持っていることを信じますが、この確信を罪深い生活の言い訳にしてはなりません。(ローマ 13:13–14; ガラテヤ 5:13; テトス 2:11–15)

 

教会 

私たちは、キリストのからだであり花嫁であるローカル・チャーチ(地域教会)が、新しく生まれた信者のみで構成されていることを信じます。(Iコリント 12:12–14; IIコリント 11:2; エペソ 1:22–23; 5:25–27; コロサイ 1:18)

私たちは、新約聖書で教えられているローカル・チャーチの設立と継続を信じます。(使徒 14:27; 20:17, 28–32; Iテモテ 3:1–13; テトス 1:5–11)

 

私たちは、各ローカル・チャーチが自治権を持ち、キリストがその唯一の頭であり、外部の権威がその上に存在しないことを信じます。(使徒 13:1–4; 15:19–31; 20:28; ローマ 16:1, 4; Iコリント 3:9, 16; 5:4–7, 13; Iペテロ 5:1–4)

 

私たちは、この時代における教会の典礼(オーディナンス)が、浸礼によるバプテスマと主の晩餐であることを信じます。(マタイ 28:19–20; 使徒 2:41–42; Iコリント 11:23–26)

 

分離 

私たちは、すべての信者が主イエス・キリストの御名を尊ぶように生きるべきであり、宗教的背教、世の快楽、および罪深い習慣から自らを分離するように命じられていると信じます。(ローマ 12:1–2; 14:13; IIコリント 6:14–17; IIテモテ 3:1–5; Iヨハネ 2:15–17; IIヨハネ 9–11)

 

キリストの再臨 

私たちは、私たちの「祝福された希望」である、キリストの差し迫った、患難前の再臨を信じます。その時、すべての信者は主とともに引き上げられます。また、七年間の患難時代の後、キリストが約束された千年の御国を設立するために、聖徒たちとともに目に見えるかたちで地上に戻られることを信じます。(詩篇 89:3–4; ダニエル 2:31–45; ゼカリヤ 14:4–11; Iテサロニケ 1:10; 4:13–18; テトス 2:13; 黙示録 3:10; 19:11–16; 20:1–6)

 

人間の永遠の状態 

私たちは、すべての人々の肉体的な復活を信じます。救われた者は永遠のいのちへ(第一の復活)、救われていない者は永遠の裁きと苦しみへ(第二の復活)と復活します。(マタイ 25:46; ヨハネ 5:28–29; 11:25–26; 黙示録 20:5–6, 12–15)

 

私たちは、信者が死ぬとき、その魂は直ちに主のもとに行き、そこで意識を持って喜びながら復活を待つことを信じます。その時、魂、霊、からだは再結合されます。(ルカ 23:43; IIコリント 5:8; ピリピ 1:23; 3:21; Iテサロニケ 4:16–17; 黙示録 20:4–6)

 

私たちは、不信者が死ぬとき、その魂は直ちに意識のある苦痛の場所に行き、第二の復活を待つことを信じます。その時、魂、霊、からだは再結合され、大きな白い御座で裁かれ、永遠の意識を伴う刑罰のために火の池に投げ込まれます。(マタイ 25:41–46; マルコ 9:43–48; ルカ 16:19–26; IIテサロニケ 1:7–9; ユダ 6–7; 黙示録 20:11)

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「世代は世代へとあなたのみわざをほめたたえ、あなたの大能のわざを告げ知らせます。」

 

— 詩篇 145篇4節(新改訳)

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